障害者雇用枠の中でも、昨今特に雇用数が増えているのが精神障害者です。そのため、法定雇用率の達成を目指す多くの企業が精神障害者雇用の取り組みを強化しています。しかし、精神障害者雇用の前例がなく、どのような配慮が必要なのかわからないという企業担当者も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、精神障害者を雇用する際の基礎知識や面接におけるポイント、定着率を高めるための施策などを紹介します。
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精神障害者の雇用率と定着率
2018年4月に障害者雇用促進法が改正され、それまで身体障害者と知的障害者に限定されていた雇用義務対象者に「精神障害者」も含まれることとなりました。これにより、精神障害者を積極的に雇用する企業は右肩上がりに増えています。
厚生労働省が2022年に行なった障害者雇用状況の集計結果によれば、民間企業における同年の精神障害者雇用数は109,764.5人であり、前年度より11.9%増と大きな伸び率を記録しました。2013年の精神障害者雇用数が約22,000人であったことと比較すると、約5倍の伸びとなっています。
一方で、職場定着率については課題が残っています。障害者職業総合センターが2017年に行なった障害者の就業状況等に関する調査研究によれば、就職後1年時点における精神障害者の職場定着率は49.3%であり、身体障害者や知的障害者と比べて低い値となっています。
精神障害のある従業員と適切にコミュニケーションをとり、就労意欲を維持できる労働環境を整備することは、企業にとって今後の課題といえるでしょう。
精神障害の基礎知識
そもそも「精神障害」の具体的な定義を詳しく把握していない方も多いかもしれません。ここでは、人事担当者が知っておくべき精神障害の基礎知識を解説します。
精神障害とは?
精神障害とは、疾患によって精神機能に障害が発生しており、日常生活や社会活動に支障をきたしている状態を指します。気分の浮き沈みが大きくなったり、行動のコントロールが難しかったりすることも多く、偏見や誤解の対象となりやすい障害ですが、薬物療法などで改善が見込めるケースも多数あります。
精神障害と似た言葉に「精神疾患」や「精神病」がありますが、この2つは精神的な病気の総称です。精神障害は、これらの病気によって日常生活に障害が生じている状態を指します。ただし、一般的にはほぼ同義の言葉として使われるケースも多いです。
精神障害の種類と内訳
一口に精神障害といっても、種類によって症状はさまざまです。代表的な精神障害としては、以下のものがあげられます。
うつ病 | 気分の落ち込みや漠然とした不安感など、抑うつ症状が強く現れる疾病。食欲低下や倦怠感、不眠といった身体症状が表れることもある。 |
---|---|
双極性障害(躁うつ病) | 気分が高揚する「躁状態」と、激しく落ち込む「うつ状態」が相互に現れる脳の疾病。20~30代の比較的若い世代が多い。 |
統合失調症 | 幻覚や妄想、無気力などになる精神疾患。約100人に1人がかかるといわれている。 |
発達障害 | 生まれつきの脳のタイプにより行動や物事の考え方に特性があり、日常生活や人間関係に困難が生じる障害。 |
適応障害 | 強いストレスによって気分の落ち込みや不安感があらわれる障害。うつ病と異なり、ストレスの原因から離れれば症状が緩和するケースが多い。 |
また、平成30年の「厚生労働白書」を見ると、医療外来における精神障害者の疾病内訳は、約32%が「気分障害」、約21%が「神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害」、約16%が「統合失調症」と続きます。
精神障害者手帳について
精神障害者手帳は、正式名称を「精神障害者保健福祉手帳」といい、精神疾患によって6ヶ月以上にわたり日常生活や社会活動に支障が発生している場合に交付されます。手帳を取得すると生活をサポートするさまざまなサービスが受けられ、障害者雇用枠で就業することが可能になります。
精神障害者手帳には1~3の等級があり、症状や日常生活における困難の程度によって基準が定められています。
等級 | 定義 | 基準の具体例 |
---|---|---|
1級 | 精神障害であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度 | ・外出には付き添いが必要 ・バランスの取れた食事を決まった時間にとれない ・入浴、家事、金銭管理などに援助が必要 ・円滑な人間関係を構築できない |
2級 | 精神障害であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの | ・通院やデイケア、作業所など習慣化された外出であれば1人でも可能 ・食事や衛生面、金銭管理には助言や補助が必要 ・大きなストレスがかかると1人では対処が困難で、援助が必要 |
3級 | 精神障害であって、日常生活もしくは社会生活が制限を受けるか、日常生活もしくは社会生活に制限を加えることを必要とする程度のもの | ・配慮のある作業所などで就労できる ・家事はこなせるが、状況変化に柔軟に対応することは困難 ・軽いストレスでは病状の悪化や再発にはつながらない |
ただし、上記はあくまでも一般的な基準であり「3級ならここまではできる」など、等級のみで一元的に判断することはできません。一人ひとりの病状や特性を理解し、どのような業務であれば任せられるか個別に見極める姿勢が大切です。
精神障害者の採用面接の際のポイント
障害者の採用面接では、雇用可能性を見極めようとするあまり「しゃべりの流暢さ」や「職業能力」に着目しがちです。しかし、それよりも「就労準備の基礎中の基礎が整っている状態かどうか」のほうが重要事項です。そのため、面接はコミュニケーション力や作業能力よりも「健康管理」や「日常生活管理」といった基礎が整っているかを見極めるようにしましょう。
また、企業が合理的配慮を行う上では、障害を持つ求職者本人が障害をどのように受け止めているかも重要です。自分自身の障害をどう考えているか、障害を踏まえて職場ではどのような助けを必要としているかなどを、詳しく確認しましょう。
障害者の面接を行う際に注意するポイント
採用につなげて継続的な雇用を生み出すために、面接において注意すべきポイントを紹介します。
- 面接は雇用後に直接接する管理者が行う
- 就労支援機関の支援者にも面接に同席してもらう
- 自分の症状や配慮事項を正確に伝えることができるかを確認する
- 仕事に対する意欲があるかを確認する
面接は雇用後に直接接する管理者が行う
面接は、障害のある従業員が実際に働く店舗や作業所の担当者が実施しましょう。実際の業務や職場環境を正確に把握している現場社員が面接や求人票の作成を担当した方が、より細かく具体的に職務内容を説明できるためです。
それにより、求職者はこの職務が自分に合っているかどうかを正確に判断できるようになります。雇用のミスマッチの防止につながるため、定着率の向上も期待できるでしょう。
就労支援機関の支援者にも面接に同席してもらう
求職者の病状を正しく把握するため、面接には就労支援機関のスタッフに同席してもらうといいでしょう。
求職者の中には、自分の病状や障害特性を言葉で説明するのが難しい人もおり、障害に関する専門的な知識がない企業の担当者だけで正確な判断をするのは容易ではありません。求職者にとって必要なサポートを整えるためにも、第三者の視点から求職者の状況を伝えてもらうと確実です。
自分の症状や配慮事項を正確に伝えることができるかを確認する
障害のある従業員の特性に配慮しながら指示出しや業務量の調整を行うために、各現場の監督者や管理者は従業員の病状を正確に把握しなければなりません。そのため、面接では「就労においてどのような配慮や支援が必要か」という点をしっかり確認することも重要です。
例えば「長時間集中することが苦手で、細かく休憩をとる必要がある」という特性をチームメンバーへ事前に共有できていれば、誤解が生まれにくくなります。自分の特性を詳しく説明することが難しい場合には、前段のような第三者によるサポートを検討するといいでしょう。
仕事に対する意欲があるかを確認する
その他の点については基本的に健常者と同じような観点で面談を行いますが、仕事に対する意欲はより重点的に確認したほうがいいでしょう。
企業側が就労のために必要な配慮を用意するのは当然のことですが、従業員側にも就労における困難を一緒に乗り越えようとする姿勢がなければ、継続的な雇用は困難です。全てを企業に任せるのではなく、どうしたら継続して働けるか共に考えていく意欲があるかどうかは、特に重要な項目といえます。
一般枠雇用の採用面接では「なぜこの会社を選んだのか」という視点での志望動機に重点を置くことが一般的ですが、障害者雇用では「なぜこの仕事(業務内容)を選んだのか」という視点での志望動機を中心にヒアリングするとスムーズに仕事に対する意欲を確認することができるでしょう。
精神障害者雇用を定着させるために企業が行うこと
他の障害種別と比較して定着率の低い傾向がある精神障害者をより安定して雇用するために、企業はどのような点に注意すればいいのでしょうか。ここでは、4つのポイントを紹介します。
- 周囲の従業員に対して配慮事項を具体的に伝える
- 業務の切り出しを行う
- 指揮命令を一本化する
- 通院時間を確保する
周囲の従業員に対して配慮事項を具体的に伝える
精神障害者の安定就労には、一緒に働く従業員からの理解が必要不可欠です。周りの従業員の理解が深まっていない状態では、必要な配慮やサポートが得られないだけでなく、精神障害のある従業員が職場に馴染めない可能性も高まります。まずは精神障害に関する基礎的な情報を提供し、従業員の理解を深めることが大切です。
その際には、障害に関する事項をどの程度の範囲に、どのように説明をするのか、障害者本人の意向を十分に確認するようにしてください。周りの配慮を必要とする程度は人により異なりますし、自分の障害のことをあまり詳しく周囲に話したがらない人もいます。企業側が勝手に決めるのではなく、本人の意向を十分に尊重し、そのうえで必要となる職場の理解を深めていきましょう。
業務の切り出しを行う
長く安定して働いていただくためには、職場で戦力として活躍いただく必要があります。そのためには、障害の内容や、それぞれの得意・不得意を考慮して、柔軟に業務を調整することが求められます。
障害者を新たに雇う際には、前任者の仕事をそのまま任せるような「ポストに人を当てはめる」業務アサインではなく、障害特性や強みを考慮しその人に合った仕事内容をその都度調整することをおすすめします。。この際には、作業手順をできるだけ平準化し、マニュアルや図説にまとめると効率化できます。「何を、どこまでやればいいのか」が明確になり、従業員も安心して作業に集中できるでしょう。
任せられる業務が複数ある場合は、本人の希望を確認しながら複数の仕事を体験し、向いている仕事を探ってみる方法もあります。本人の希望を全て聞く必要はありませんが、本人が納得して業務に臨める方が、定着率も向上する可能性が高まります。
指揮命令を一本化する
障害の種別によっては、いろいろな人から指示を出されて混乱したり、誰に質問すればいいのかわからなくなったりする場合があります。そのような場合は、指揮命令者は1人に絞りましょう。一度に複数の指示を出さず、要点をピンポイントで伝える工夫も大切です。本人の状況を確認し、ゆっくり話を聞けるタイミングを見計らって、誤解の余地がないように話しましょう。
これは障害者雇用に限った話ではありませんが、ミスがあっても頭ごなしに叱るのは特に避けるべきです。精神障害者の中には疾患のため不安感が強く、自分に自信が持てない人が多いため、強く叱られると安心して働けなくなってしまいます。ミスの原因を明らかにして具体的な解決策を考え、できたことはしっかりと褒めて、自信につなげる姿勢が大切です。
通院時間を確保する
精神障害のある従業員は定期的な通院が必要である場合が多いため、通院時間を確保しなくてはなりません。平日日中に仕事を休んで通院しなくてはならないケースもあり、本人の病状や体調を考慮し、時間休の取得や勤務中の通院などを認める制度の設計が必要になるでしょう。
土曜日などの休みの日は通院が難しい場合も多くあります。精神障害の治療にあたっては、主治医との信頼関係の構築がとても重要なので、そう簡単に通院先を変えることは出来ないことを理解する必要があります。
企業によっては「通院休暇」の制度を導入し、月1回までなら有給休暇とは別途に休暇を付与している前例があります。あるいは、有給休暇を1日ごとではなく、半日ごと、あるいは時間単位で取得することを認めることで、より通院しやすくなります。
また、本人の障害の状況を早急に把握するためにも、医療機関や支援機関と連携することも大切です。本人にいつもと違う様子が見られたら一声かけるなど、日頃から体調の変化に気を配り、体調不調が見られるときは早めに医療機関や支援機関へ連絡して、対応策を検討することが求められます。
まとめ
一口に精神障害者といっても、抱えている病状や特性はさまざまで、必要な配慮やサポートも人によって異なります。本人や支援機関、医療機関とも相談しながら、継続的な就労に必要な支援を一緒に考えていく姿勢が求められます。
また、職場の管理者や指示者だけでなく、精神障害に対する組織全体の理解を深めることも重要です。精神障害に対する誤解や不安を払拭し、適切なコミュニケーションを生み出すためにも、まずは従業員の理解促進を進めていきましょう。
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