障害者基本法や障害者差別解消法の改正に伴い、共生社会に対する世間の関心が高まっています。そんな中、注目のキーワードとなっているのが「障害の社会モデル」です。耳馴染みのない人もいるかもしれませんが、障害者関連法や制度改革の基本指針となっている重要な概念です。
この記事では、人事担当者が抑えておくべき障害の社会モデルの基礎知識や、職場における対応の具体例などを紹介します。
このページの目次
障害の社会モデルとは?
障害の社会モデルとは、障害は個人の心身機能の問題だけでなく社会環境があいまって作り出されるものであり、障害による障壁を取り除くことは社会の責務・社会全体の問題であるとする考え方です。
例えば「立って歩くのが困難な人」は、車いすがあれば移動が可能です。また、車いすで階段が登れなくても、スロープやエレベーターが整備されていれば、施設内の移動にも困りません。
このように「立って歩けない」という身体的制約を障害とするのではなく「スロープやエレベーターがない」という環境や社会の仕組みが合わさって障害が発生しているという考え方が、障害の社会モデルです。
障害の社会モデルが重要視される背景
障害の社会モデルは、2006年の国連総会において満場一致で採択された「障害者権利条約」において示された考え方です。日本は、2009年から進めていた一連の障害者制度改革を経て、2014年に障害者権利条約の批准国となりました。また、2011年に施行された「改正障害者基本法」においても、この考え方を採用しています。
障害者基本法の改正以前は、障害を個人の心身機能の問題と捉える「医学モデル」の考え方が主流でした。しかし、上記の流れを受けて障害による障壁の除去は社会の責務であるという考えにシフトし、現在は「社会モデル」が重視されるようになっています。
社会モデルと医学モデル(個人モデル)の違い
障害の「医学モデル」とは、障害を個人の心身機能によるものと捉える概念で、「個人モデル」とも言われます。先ほどの例で考えると、「立って歩くのが困難な人」は歩行機能に問題があるため日常生活に障壁が発生していると考えます。スロープやエレベーターの設置によって解決を目指すのではなく、医学的な治療や歩行訓練などのリハビリによって機能の向上や回復を目指します。
社会モデルでは、障害は環境や社会構造によって障害が発生するものであり、心身機能に問題がなくても障害者になり得る可能性があると考えます。例えば、2メートルもの高さがある段差は障害がない人でも登るのが困難ですが、ハシゴを設置すればその障壁を解消できます。
このように、程度の差があるだけで「障害の有無に関わらず、社会的な障壁によって誰でもできることとできないことがある」という考え方が社会モデルです。
社会に存在する4つの障壁(バリア)と解決策
障害の社会モデルでは、日常生活における社会的障壁(バリア)を4つに分類しています。ここでは、4つのバリアの特徴と具体的な解決策を紹介します。
物理的バリア
物理的バリアとは、駅などの公共施設やショッピングモールなどの建物内、道路、住宅などにおいて、移動や動作の障害となる物理的な障壁を指します。
<具体例>
- スロープのない階段や段差
- 狭くて車いすでの通行が難しい通路
- 高い位置にボタンがあり、車いすや子どもはボタンを押しづらい自動販売機
- 電車をホームの隙間
<解決策>
- 駅や建物内の段差にはスロープを設置する。
- 通路の幅を広げる。難しい場合は、車いすやベビーカー向けに迂回路を示した地図を配置する。
- ボタンの位置を改善した自動販売機を開発する。
- 隙間ができないようホームを改修したり、駅員がスロープを渡したりして車いすが通れるよう工夫する。
制度のバリア
制度のバリアは、就労、学業、地域において自立した生活を送る中で、社会の制度やルール、条件が整っていない、または制度が周知されていないために平等な機会を得られないことです。
<具体例>
- サービスの申込方法が電話しかない
- 文字の印字された用紙でしか試験を受けられない
- 補助犬や盲導犬が同伴していることを理由に、飲食店への入店を断られる
- 障害があることを理由に、就職面接や資格試験の受検を断られる
<解決策>
- メールやWebフォームなど、聴覚障害があってもやりとり可能な申込方法を用意する
- 点字で書かれた試験問題を用意する。問題の音声読み上げを用意する
- 「補助犬の同伴を拒否してはならない」という補助犬法の趣旨を従業員に周知する
- 障害があることを理由にした不当な差別を禁止する「障害者差別解消法」について、広く啓蒙活動を行う
文化・情報のバリア
情報の伝え方が文字情報や音声情報のみに限られているなど、日常生活の置いて必要不可欠な情報を得られないことために生じる障壁を指します。
<具体例>
- 緊急時のアナウンスが音声のみで、聴覚障害者が危険を察知できない
- 施設の案内板に点字や音声案内がなく、視覚障害者が施設の構造を把握できない
- 捺印・署名が必須になっており、視覚障害者が契約締結や銀行口座の解説ができない
<解決策>
- 携帯端末に文字情報等で緊急情報を配信し、リアルタイムで送受信できる体制を整える
- 施設の案内板には、点字や音声による案内も付随する
- 契約や申込の内容を口頭で確認し、書類の記載は代筆で対応する
心のバリア
障害に対する差別や偏見、または無関心や過剰な扱いなどにより発生する障壁です。
<具体例>
- 障害者本人を無視して、同伴者や介助者に向かって喋る
- 「障害があるとかわいそう」「○○なんてできるはずがない」など、決めつけた発言をする
- 点字ブロックの上に自転車を停めたり、物を置いたりする
<解決策>
- まずは障害者本人とコミュニケーションを取るよう周知する
- 「障害者だから」と決めつけず、1人ひとり特性が異なることを啓蒙する
- 点字ブロックの意義を啓蒙したり、自転車や物を置かないよう注意書きを設置したりする
人事担当者が障害の社会モデルを捉えて生かしていくこと
企業において障害の社会モデルの考え方を活かすと、誰もが働きやすい職場環境の実現につながります。例えば、スロープがあれば車いすの人だけでなくベビーカーや高齢者も移動がしやすくなりますし、エレベーターがあれば妊婦や荷物の多い人にとっても便利です。このように、互いの個性を受け入れて尊重する考え方は、障害の有無に関わらず誰もが働きやすい環境につながるのです。
ここでは、「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」が配布している啓発資料をもとに、職場で実践できる具体的な措置を紹介します。
文字起こしツールを活用する
一例として、会議の際に文字起こしツールを導入することがあげられます。会議中に会話の内容をその場で文字起こしできれば、聴覚に障害のある従業員でもリアルタイムで会議に参加することが可能です。後から議事録で内容を確認するよりも、スピーディな意思疎通が実現するでしょう。
また、中には耳から得た情報を理解するのが難しい人もいます。音声情報だけでなく文字情報でも会議内容を共有できると、このような障害がある人も話題についていきやすくなります。
オンライン会議システムを活用する
オンライン会議システムを導入するのも、職場のバリアフリーにおいて有効な方法です。精神的な障害や病気を持っている人の中には、刺激の多い外部環境が苦手な人も少なくありません。オンライン会議システムがあれば、刺激の少ない自宅から会議に参加することが可能です。
在宅での仕事環境が整えば、障害者だけでなく、家庭の事情で出社が難しい人にとっても優しい職場が実現します。子育て中の人や妊婦、介護をしている人でも柔軟な働き方ができるでしょう。
定期的に1no1のコミュニケーションの機会を作る
ツールやシステムの導入だけでなく、定期的に一対一でコミュニケーションする機会を作ることも大切です。従業員はさまざまな特性や事情を抱えており、求めている措置や対処は人によって異なります。自身の体調に変化があったり、家庭の問題が発生したりしていないか把握し、必要なサポートを受けられているかこまめに確認すると、障害の有無に関わらず従業員が安心して業務に臨めるようになります。
特に、臨機応変な対応が苦手で、業務に慣れるのに時間がかかる従業員は、悩みや不安を抱えがちです。仕事における困りごとを安心して相談できる環境を整えておきましょう。
まとめ
障害の社会モデルは、「共生社会」の実現において必要不可欠な考え方です。職場においてもこの考え方を取り入れると、障害の有無に関わらず働きやすい労働環境を整備でき、職場のダイバーシティ向上につながります。これからの時代で重視されるキーワードですので、人事担当者はぜひおさえておきましょう。
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